12.砂の鎌鼬







「きゃー!テマリさぁーん!」
「テマリ先輩、がんばってー!」


熱気溢れる館内に一歩足を踏み入れれば、ピリピリとした緊張と女子特有の甲高い声が体中に届いた。

寮の最寄り駅から電車で二駅、そこから歩いて十分ほどの場所にある木ノ葉総合体育館。
ゴールデンウィーク半ばの今日、ここでバドミントンのインターハイ地区予選が行われていた。
それにはもちろん強豪と謳われる木ノ葉学園の女子バドミントン部も出場しており、特にキャプテンであるテマリ姉さんは、女子シングルの優勝候補として注目されているらしい。


「わー、テマリ姉さんモテモテだねー」
「女子に、だがな」
「でも、わかるなあ。テマリ姉さんかっこいいもん」


ギャラリーの人集りを避けて、比較的観やすい空いている席へと移動する。
ゴールデンウィークの今、サクラやいの達はみんな部活で忙しくて、帰宅部の私は一人暇をもて余していたのだが、テマリ姉さんに女バドのインターハイ予選があることを聞き、観戦に来ないかと誘われた。
という事で、こうして我愛羅と二人でテマリ姉さんの応援にやって来たのだ。
我愛羅のお兄さんも誘ったんだけど、部活があるからと断られてしまった。
お兄さんのカンクロウさんは美術部で、夏のコンクールに向けて今から色々と忙しいらしい。
余談だけど、サソリさんも美術部だから二人仲良いらしいよ。テマリ姉さんが言ってた。


「ていうか、テマリ姉さん、すごく強いよね!私バドミントンってあんまり知らないけど、姉さんが抜きん出てるってことはなんか分かる」
「テマリは昔からバドミントン一筋だからな。昨年のインターハイでは準優勝、中学の時は全国優勝したほどの腕だ」
「えっ、そうなの!?すごい!」
「因みに中学の時の異名は"砂の鎌鼬"だったな」
「い、異名…!?」


異名!?初めて聞いたんだけど!そういうの本当にあるんだ、さすがテマリ姉さん!
思わぬ情報に内心恐々としつつ、そこかしこから聞こえる黄色い声をBGMにテマリ姉さんの試合を二人で応援したのだった。








「テマリ姉さん!」
「!ナマエ、我愛羅」


全試合を終えて外へ出てきた集団の中に声を掛けると、そこに紛れていたテマリ姉さんは部員達と一言二言交わして此方へ歩いてきた。
周囲を圧倒する実力を見せ付けたテマリ姉さんは、今日の試合を全て勝ち抜いた。
明日の準決勝、そして来週末に行われる決勝を制覇すれば、見事全国への切符を手に入れることとなる。
デオドラントの涼しい匂いを纏わせるテマリさんに二人でおめでとう、と告げれば、からんと明るい笑顔でありがとう、と返された。


「来てくれてありがとうな、二人とも。どうだった?」
「すごかった!かっこよかったです!」
「相変わらず強いな、テマリは」
「ありがとう。楽しんで貰えたようで何よりだ」


興奮して目を輝かせる私といつもの無表情で褒める我愛羅に、テマリ姉さんはお前ら正反対だなと笑った。
それに顔を見合せたものの、やはりその後も騒がしく話すのは私ばかりで、時折テマリ姉さんが相槌を打ってくれる。
普段より穏やかな雰囲気を纏った我愛羅は、落ち着いた様子でそんな私とテマリ姉さんを見ていた。




「おっと、そろそろ戻らないと…」
「あ、ごめんなさい、引き留めちゃって」
「いや、気にするな。話せて良かったよ」
「ナマエ、俺達もそろそろ帰るか」
「うん」
「二人とも、今日は本当にありがとうな。気を付けて帰れよ」
「ああ」
「はーい」


ガシガシと大きく私と我愛羅の頭を撫でて、テマリ姉さんはチームメイトのもとへ戻っていった。
くしゃくしゃになった髪を手櫛でおさえて、テマリ姉さんかっこよかったねー、なんて話をしながら体育館を出た。




「そういえば、何故ナマエはテマリを姉さんと呼んでいるんだ?」
「ああ、実は私ね、一人っ子だからずっとお姉ちゃん欲しかったんだ。そしたら、テマリ姉さんも妹が欲しかったから姉さんって呼んでいいよ、って」
「そうなのか」


前触れ無しに会話に放り込まれた問いに答えると、我愛羅は納得したように頷いた。
しかしすぐに、ふむ、と顎に手を当て考える素振りを見せる。
何を考えているのかと不思議に思って首を傾げていると、我愛羅はすっと顔を上げて、此方を向いた。




「ならば、俺と付き合うか?」
「……へ?」
「俺と結婚すれば、テマリと本当の姉妹になれるぞ」


いつもの真顔を崩さずに言う我愛羅。
その意外な言葉に、思わず足を止める。
しばらく思案してからぼんっと沸騰した私を見て彼は珍しく、くつと笑った。


「ふっ、面白いな、ナマエは」
「お、面白…っ!?か、からかわないでよ、もう!」


まさか我愛羅にそんな冗談言われるなんて…!
彼らしくないその発言に、つい恥ずかしくなるも、言った本人は照れるでもなく、普段は表情の乏しい口端を僅かに弛めて悪戯っぽく笑っている。
ああもう、なんて悪趣味!心臓に悪い!
私一人で恥ずかしい思いをしているのが悔しくて、我愛羅の馬鹿!なんて子供みたいに叫んで走り出す。


「我愛羅の冗談、ちょっと質悪いから!」


遥か後ろに置いてけぼりにした我愛羅に捨て台詞のように言い捨てて、私は一人、駅まで向かったのだった。










砂の鎌鼬

(……冗談では、なかったのだがな…)